二風谷アイヌ工芸を世界へ


私たちが育った二風谷のアイヌ工芸、文化を
世界中の人たちに受け止めてもらうために。
※カタクのクは小文字

『貝澤守幸』の想いを繋いで

今から46年前に他界した関根真紀の父であり、摩耶の祖父である『貝澤守幸』は地域を深く愛し、今の工芸家たちに道を築きました。
アイヌ工芸が好きで、自宅の柱や家具などさまざまな物にアイヌ文様を施す守幸の遺志は、今も大切に軸となっています。

守幸の遺志を引き継いだ兄、貝澤守は、守幸が築いた工芸家たちが所属する二風谷民芸組合の代表理事を現在務めています。
守幸の想いを継承し、二風谷の工芸が未来にわたって受け継がれるように、katakとして精一杯努力いたします。

【貝澤守幸/Kaizawa Moriyuki】
伝統的なアイヌの文様を始め、アイヌ文化を肌で感じながら育ち、感性豊かに色々な作品を作り、これからというという時代に終わりを告げた。守幸の作品が彼の子供たちを始めとして、現在、二風谷で活躍している工芸形に多大な影響を与えている。

《プロフィール》
1935年 北海道平取町に生まれる

1951年 大工を職としつつ、テーブルに文様を施すなど木彫に関心を持つ。

1959年 旭川市に兄守雄を訪ね、本格的に木彫を始める。

1961年 平取町二風谷の木彫り共同作業場完成と同時に、指導者として二風谷に戻る。

1962年 「貝沢民芸」をオープンさせる。

1977年 8月永眠。

作業風景(左が父貝澤守幸)

守幸の没後、貝澤雪子が建てた貝沢民芸

テーブル《table》 / 国立民族学博物館所蔵

欄間《ranma》 / 国立民族学博物館所蔵